エチオピアについて

国旗の由来

エチオピアの歴史はアフリカの中でも特殊な国で、古代から中世にかけては様々な国が荒廃を繰り返しましたが1137年にザグウェ朝エチオピア帝国が誕生すると現在まで若干の形を変えつつエチオピアは存続を続けました。現在のエチオピアおよびエリトリアにほぼ一致する領域を支配し、最大版図は現在のソマリア、ジブチ、ケニア、スーダン、南スーダン、エジプト、アラビア半島の一部まで及びました。その時代が15世紀のゼラ・ヤコブが最盛期でした。 その後100年間は安定の期間がありましたが、ソロモン朝の勢力は16世紀には急激に衰退し、王族、貴族、軍による激しい列強争いの時代が到来し数十年に渡り泥沼の権力闘争が始まりました。一時的に安定はするものの統治者が死亡するとまた権力闘争が始まるなど不安定な時代が続きました。このまさに戦国時代のようなエチオピアを統一したのが、テオドロス2世であり、国を統一し近代化に向けて動き出しました。その際に国旗を制定しエチオピア帝国の旗はリボンで飾られた十字架を持つ旧約聖書に登場する「ユダのライオン」を中央に描いた緑・黄・赤の横三色旗でした。統治されたエチオピア帝国を任されたメリク2世は、19世紀の末に2度に渡りイタリアの侵略を受けましたが、2度とも跳ね返し第1次エチオピア戦争に勝利しました。このことにより列強各国のアフリカ分割統治がなされず、エチオピアはアフリカの黒人国家で戦って独立を守り抜きました。 しかし、1935年に再度イタリアが過剰人口をエチオピアに移植させるために侵略戦争を起こし、第2次エチオピア戦争が始まりました。この時エチオピアはイタリアに敗北し、植民地化されてしまいます。エチオピアはゲリラがイタリアに対するレジスタンス活動を行うも中々独立は回復できませんでしたが、1941年の第2次世界大戦中にイギリス軍の協力もあり再度独立に成功しまし、そのままイタリアが所属していた枢軸国に宣戦布告をしました。 その後はエリトリアと共同でエチオピア・エリトリア連邦を設立したが、1962年にはエリトリアを州として併合すると冷戦期にデモが活発化し、帝政から社会主義国家になり、1995年に現在のエチオピア連邦民主共和国が誕生し、国旗も制定されました。

国旗の特徴

エチオピアの国旗は、中央に青い国章を描いた緑・黄・赤の三色国旗です。この三色は汎アフリカ色として多くのアフリカの国がこの3色を国旗に反映しており、それはエチオピアが植民地時代にも抵抗運動を続け独立を勝ち取ったことに由来します。 緑、黄、赤の三色はメネリク2世にまで遡り、1895年に初めて国旗として用いられていました。中央の国章はソロモン王の印章をモチーフとした五芒星が1996年に国旗に加わりました。 現在の国章は、青の円に、光線を発している金色の五芒星を含んでいるデザインです。この五芒星は、旧エチオピアの皇族の先祖だとされるソロモン王の紋章が起源とされており、今日では、五芒星は人々の結束とエチオピアの愛国心を表しています。 五芒星の周りの光線は輝ける繁栄を表し、青い円は平和を表しています。

国旗の色の意味

汎アフリカ色とも言われるこのエチオピアの国旗の色の意味は緑が労働、肥沃な土地、発展を表しています。黄色は希望や正義、赤は自由と平等を求め犠牲となった先祖の血を表しています。 中央の国章は、青の円に、光線を発している金色の五芒星を含んでいるデザインです。この五芒星は、旧エチオピアの皇族の先祖だとされるソロモン王の紋章が起源とされており、今日では、五芒星は人々の結束とエチオピアの愛国心を表しています。 五芒星の周りの光線は輝ける繁栄を表し、青い円は平和を表しています。

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