シエラレオネについて

国旗の由来

シエラレオネは長い間、ヨーロッパ人に発見されなかったが、1400年代にポルトガルが発見し始めてからたびたび奴隷狩りが行われ、南米をはじめ様々な国へ移送され住民は激減していました。 18世紀に入り奴隷廃止運動がイギリス内部で活発になり、安定した居住地としてシエラレオネが開拓されました。そして1787年に初めての移住者を送り込みますが失敗し、その後も内戦やマラリア等も相まって移住者の定着は困難でした。 1792年に入植失敗した土地をフリータウンと名付け入植者の拠点となりました。この頃はイギリスだけでなく、ジャマイカやアメリカ独立戦争によって国を追われた奴隷なども相次いで入植しました。しかし、シエラレオネは肥沃な土地ではなく経済は悪化しました。 1808年には、シエラレオネは王室管理下となり、クレオールと呼ばれる先住民との混血である民族も生まれ始め、シエラレオネは新しい時代になりつつありました。1861年までには、フリータウンだけでなく全土を併合しました。 1889年には国旗が変更され、フライに円形域章を配した英国青色船舶旗に変更されました。この時の国章は、ヤシの木に象が描かれその下部には地域略名記号でSLと書かれたデザインでした。 20世紀に入るとクレオール人の商人は国外から進出してきたレバノン人などの外国商人に太刀打ちが出来なくなり、活動の場はフリータウンに限られるようになりました。さらに植民地の官僚のヨーロッパ人化が進み、クレオール人は政治における主導権の多くを失ってしまいました。その中で、1914年に国章が変更され海辺で大型帆船を見つめる黒人戦士とヤシの木・ユニオンジャックが盾の中に描かれており、下部には英語で「英国の下での自由」の標語リボンが書かれました。 その後は、1961年にイギリス連邦の一員として正式に独立し、独立した年に国旗と国章を現在のデザインに変更しています。

国旗の特徴

シエラレオネは西アフリカの沿岸部の国家ですが、アフリカ国家の中でも特殊な国で国旗には汎アフリカ色を使用しておらず、緑・白・青の横三色国旗を使用しています。多くのアフリカ国家は緑・黄・赤の横三色国旗を使用することが多いのです。 シエラレオネは文献に初めて登場したのが1447年にポルトガルの探検家が発見し、この時初めてシエラレオネ半島が文献に登場しました。1462年にはポルトガル人によって現在のシエラレオネ半島が『獅子の山』と名付けられ、これがやがてこの地域全体をさす言葉となりました。 その後は欧米の拠点は英国の小規模な城塞が沿岸部に点在するのみでしたが、18世紀に入るとイギリス内部で奴隷廃止運動が盛んになり、奴隷の定住区を確保する必要が出てきました。その時に浮上したのがシエラレオネです。

国旗の色の意味

シエラレオネの旗は緑・白・青の三色旗で、緑色は重要な産業である農業、山、天然資源などを表しており、青色は天然良港であるフリータウンを表し、白は正義と団結を意味しています。

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