カザフスタンについて

国旗の由来

カザフスタンの歴史は古く、紀元前から遊牧民が居住していたと中国の歴史書に書かれています。ちなみに、カザフスタンのスタンとは、ペルシャ語で「~の場所・土地」という意味であり、カザフスタンとは「カザフ人の土地・場所」という意味になるのです。 中世になると、イスラム王朝のカラハン王朝が起こり、大いに栄えました。その王朝が衰えた後は、チンギスハーンが西方遠征を行うきっかけになった「オトラル事件」が起こり、カザフスタンはモンゴル帝国の支配下に入ります。 その後、遊牧民族によるカザフ・ハン国へと移行し、18世紀にロシア帝国の属国の一部であるジユンガル帝国が襲来しカザフスタンは征服されたためロシア帝国領となりました。その後はジュンガルは勢力が低下したため、直轄管理となりました。 1917年にロシア革命が起るとカザフスタンは北部と南部に分かれました。北部は白軍(ロシア帝国側)に所属したため、アラシュ自治国が誕生し、南部は赤軍(労働者中心革命勢力)に所属したことでキルギス自治ソビエト社会主義共和国が誕生しました。アラシュ自治国の国旗は、黄色い三日月と五角星を中央に描いた赤旗でした。 その後は白軍が敗北し、ソ連誕生に伴い1936年12月5日にカザフ・ソビエト社会主義共和国(1936年 – 1991年)に昇格した後、ソビエト連邦の共産党政権のコントロール下に置かれました。主に核兵器実験の中心地でした。 その際に旗を再度制定し直しました。カントン(旗の左上部分)にソ連の構成国であるため黄色い鎌とハンマー、五角星、下部に青い横帯が描かれた赤旗でした。 ソビエト連邦の崩壊に伴い、カザフスタン共和国として独立しました。その際に現在の国旗をコンペにて決定し1992年に制定しました。現在でもカザフスタンにはロシア系の人々が多く生活しており、全体の20%を占めています。

国旗の特徴

カザフスタン共和国の国旗は、中央に32本の光を擁する太陽と翼を広げて飛ぶ鷲(ステップイーグル)が描かれています。 左端にはカザフ人の伝統的な文様が縦に配置されており、これは鷲の翼と雄羊をモチーフにしたものです。 青地はまた、この地域のテュルク系諸民族を示し、彼らの間では青地は宗教上特別な意味である神の存在を象徴するが、現在ではカザフスタンの広い空と自由を象徴しています。 中央の鷲は、当時も青地に鷲の旗のもとこの地方を支配したチンギス・ハーンの帝国を示し、カザフスタンの人々の誇りを表している。 青色は伝統的に中央アジア系遊牧民らの好む色だった。 カザフスタンの国章は、1992年にソ連から独立した際にコンペによって確定しました。遊牧民が使用していた移動式のテント(カザフではユルトと呼ばれている)を用いたデザインとなっています。

国旗の色の意味

独立時に設定されたこの国旗は、青地は空を、中央の金色は32本の光を擁する太陽と翼を広げて飛ぶ鷲を示しています。左端にはカザフ人の伝統的な模様が配置されており、これは鷲の翼と雄羊をモチーフにしたものです。 青色はこの地域の民族であるテュルク系民族の象徴であり、宗教上特別な意味である神の存在を象徴しています。現在のカザフスタンでは、広い空と自由の象徴として用いられています。

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