アルジェリアについて

国旗の由来

緑と白で2分割された上に月と星がデザインされている型にはまった印象の無い雰囲気があります。この国旗は1962年の7月3日に定められました。 現在の国旗の原型は、1920年代の独立抵抗運動の中で生まれたという説になっています。1954年から激しい独立闘争を率いたFLN(アルジェリア民族解放戦線)は、現在の国旗とよく似た旗を使っていました。

国旗の特徴

アルジェリアはアフリカ北部位置する広い国土の国で、その国土の大部分を砂漠が占め、乾燥した平原地帯となっています。北部には2000m級のアトラス山脈があり、地中海の沿岸部では雨量も多く草原なども広がっています。産業に目を移すと天然ガスの産出量が多く、この国の鉱業を支えています。 アルジェリアの国旗の特徴といえば、緑と白で2分割された上に月と星がデザインされている型にはまった印象の無い雰囲気があります。この国旗は1962年の7月3日に定められました。 現在の国旗の原型は、1920年代の独立抵抗運動の中で生まれたという説になっています。1954年から激しい独立闘争を率いたFLN(アルジェリア民族解放戦線)は、現在の国旗とよく似た旗を使っていました。そして、独立のときに細部までデザインを規定して国旗として掲げました。 そんな現在の国旗が誕生するまでの混沌とした歴史は、16世紀からはじまります。東からはオスマン帝国の、西からはスペインの進出が進んでいきます。度重なる領土争いを経て、1830年にはフランスが進出し、アルジェを占領します。フランスによる征服に対してアブド・アルカーディルが激しく抵抗しましたが、1847年にフランスはアルジェリア全土を支配しました。 1916年にトゥアレグ族の貴族が、トゥアレグ族居住地域内のアガデスで反乱を起こすと、フランス軍は鎮圧を試みますが、第一次世界大戦が終わると独立運動が激化し始めました。 第二次世界大戦のさなかである1942年、トーチ作戦がなされた後は反ヴィシー政権の拠点となり、アルジェではフランス共和国臨時政府が結成されました。第二次世界大戦が終結すると独立運動が再び激化し始めます。 1954年には民族解放戦線が組織され同年11月1日に反乱を開始、アルジェリア戦争が勃発しました。100万人に及ぶ死者を出すなど戦争は激化しますが、フランスのドゴール大統領は民族解放戦線に和平交渉を呼びかけ、1962年3月、エビアン協定を締結。 アルジェリアの独立が承認され、同年7月5日にアルジェリア民主人民共和国として独立を達成しました。

国旗の色の意味

サハラ砂漠包含する世界規模でも特に乾いている国のアルジェリアは、イスラムの影響を如実にうけている国旗となっております。何といっても三日月と星のマークがイスラムの象徴であるという部分が大きいですし、白と緑という色づかいはなによりもイスラムカラーであります。世界の子奇異でも良く使われる白の意味としてアルジェリアも同じく白は平和と共に、いかに純白で、潔白であるかを表しております。緑は産出豊かな大地の象徴という意味になっております。元来アルジェリアのこの国旗は独立運動を起こしていた反乱軍の象徴とも言えるものとされておりますが、その思いが三日月と星の赤色に表れています。つまりのところは、先人たちの流した血の象徴ということになります。この色の組み合わせとデザインがなかなかのインパクトを放っています。緻密で繊細とされているアルジェリアの国民性だからなのでしょうか、白と緑のラインはぴったり真ん中で区切られており、色についても厳密な規則があるとされております。アフリカであって、アラブやヨーロッパの色合いも強い稀有な国家環境が独自の風合いを放つ要因となっていると考えられます。