モロッコの国旗の画像イラストや意味、特徴、由来、誕生年

世界国旗侍ワールドフラッグスロゴ

モロッコの国旗や由来意味、特徴、国旗の成り立ち・豆知識、モロッコ国旗イラスト素材などを解説いたします。

モロッコの国旗

国名の正式名称

モロッコ王国

モロッコを表す漢字一文字

誕生年

1956年

国旗の色の意味

モロッコの国旗はシンプルなデザインで、真紅の赤旗の中央に緑の五芒星が描かれているデザインです。この色のそれぞれの意味は、深紅の色で預言者ムハンマドを象徴しており、緑の五芒星「スレイマン(ソロモン)の印章」が表されています。 緑はイスラム教の伝統的な色であり、五芒星は神話においてヤハウェの命を受けて大天使ミカエルがソロモン王に託した指輪の象徴であり、幸福のシンボルとして様々な国や地域で使用されています。

国旗の特徴

モロッコの国旗は中央に緑の五芒星「スレイマン(ソロモン)の印章」が表されている真紅の旗が特徴です。この赤旗は17世紀の王朝時点で使用されていましたが、1912年に他国との差別化するために五芒星を付け加えました。 モロッコ憲法の第7条で「王国のしるしは、中央に5つの稜を持つ緑の星を伴った赤い旗である」と定められています。なお、商船旗は国旗の左上に王冠を配しており、軍艦旗は、旗の四隅に王冠が描かれています。 モロッコの国旗は国章にも使用されており、国旗のデザインの盾を2頭のライオンが支えておりこのライオンは国王の権威を表しています。また国旗のデザインの上には領土を表すアトラス山脈から昇る太陽が描かれています。 盾の上には、黄色い五芒星を就けた王冠が配置されており、盾の下にはリボンが描かれ、アラビア語で「神を助ければ、神も汝を助ける」という意味の標語が書かれています。この国章は王室専用旗にも用いられています。

モロッコの地図

国旗の色(色番号)

#047c04 #e40414 #865806 #446404

モロッコ国旗の意味や由来

モロッコ国旗の意味や由来をまとめました。

モロッコ国旗の由来

モロッコは、紀元前から8世紀にいたるまでは、ローマ帝国の支配下にありましたが、8世紀からイスラム帝国のウマイヤ朝がモロッコを侵略併合し、モロッコのイスラム化は始まりました。アラブ人はモロッコを起点にイスラム化を進めるためにイベリア半島に侵攻し、西ゴート王国を滅ぼすなどしたためヨーロッパ大陸侵攻の重要拠点としてされていました。そのためこの国にはイスラム教が根強い文化が国民に浸透しています。

その後モロッコは独立を果たし、アルジェリアを攻略してきたオスマン帝国を撃退し、1578年にキリスト教徒主体のポルトガルとの戦争も勝利を収め無事に独立を守り抜きました。1660年に現在まで続く、アラウィー朝が誕生します。このアラウィー朝は融和政策を実行し、1757年に即位したムハンマド3世はヨーロッパ諸国との友好政策を採り、デンマークを皮切りに各国と通商協定を結び、1777年には世界で初めてアメリカ合衆国を承認しました。

この時の旗は真紅1色のみの実にシンプルな旗でした。この旗は1912年まで使用され現在のデザインの旗は1915年に正式に制定され使用されました。しかし、その後はモロッコにも主権にも危機が訪れたのです。1830年にフランスがアルジェリア侵攻を開始したため、アルジェリアの民族運動に義勇軍を派遣しましたが、敗北しフランスの植民地となり、この時にそれまで築いた鎖国政策は崩れたのです。

その時の旗は、カントンにフランス国旗を配したモロッコ国旗でした。1859年にはスペインにテトゥワンを攻略され一部地域がスペイン領となり、モロッコは一時期地域ごとに異なる国が支配している状況にありました。1956年にフランスから独立し、テトゥワン地域もモロッコに返却されることになり、晴れてモロッコは再独立を果たし、国旗も現在のデザインに変更されました。

国旗にまつわる面白エピソード・風習

モロッコは、地理的重要さやアフリカの中でも発展している地域であった影響もあり、ヨーロッパ各国が最優先で確保しに来ることが多い地域でした。そのため地域ごとに植民地を分割するなど特殊な事情がありました。モロッコをメインの植民地としていた国はフランスで、アルジェリア侵攻の際に義勇軍を送りましたが敗戦そこから植民地支配が始まります。しかし、テトゥワンのみは1859年にスペインと戦争になりスペイン領になりました。

この時点で、2国での相乗り状態になった中で1873年には新スルタンが誕生しました。しかし、この時点ではまだ弱冠であったこともあり、政治的な助言はドイツ帝国が行うという複雑怪奇な状態に突入します。1904年の英仏協商により、モロッコを狙っていた英国とフランスの妥協が成立しました。この結果モロッコの優先権をフランス側が獲得しました。しかし、ドイツ帝国が2度に渡りモロッコ沖に軍艦を近づけるなどし、フランスを挑発しましたが最終的にドイツが妥協する形で、モロッコはフランス領として確定しました。

1912年のフェス条約で国土の大部分をフランスに仏西条約で北部のリーフ地区をスペイン領とすることで最終決着としました。1930年代には独立運動が活発化し、1956年にモロッコはフランスから独立を果たしました。この時のスペイン領モロッコの旗は、白い輪郭線を付けた緑のカントンに白い五芒星型・スレイマンの星を配した赤旗でした。

誕生した背景

モロッコはアフリカ北西部に位置している立憲君主制の国家。北部をジブラルタル海峡と地中海、西は大西洋に面しており、東部はアルジェリア、南部はモーリタニアに隣接しています。

先史時代にベルベル人が現在のモロッコに現れたところより国が始まり、ローマ帝国に属国化されたあとはイスラム帝国の影響もありイスラム化とアラブ化が始まり、長らく王国として栄えました。その後は、一度スペインとフランスに分割に統治されたのちに再独立を果たしました。

国の特色・人種構成

モロッコは、平野部の土地にアラブ人、アトラス山脈にベルベル人の主にこの2つの民族で構成されています。また、ベルベル人の独立問題もあった関係で、国家としてはあくまで両方ともモロッコ人という考え方の元、民族ごとの統計はとっていません。

公用語はアラビア語とベルベル語。フランス語が広く使われ、北部ではスペイン語も使われています。 国教はイスラム教ですが、憲法により信仰の自由は保障されています。

モロッコは数世紀に亘り、 宗教に寛容な国として知られており、キリスト教会、ユダヤ教会、イスラム教のモスクが平和に共存して います。キリスト教会、ユダヤ教会は特に大都市に多く、各宗教のコミュニテイーに対応しています。

モロッコの国旗

モロッコ国旗のイラスト(フリー・商用利用可能)

モロッコのフリー素材1
モロッコのフリー素材2

モロッコ国旗の画像(フリー・商用利用可能)

モロッコのフリー素材3

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