エストニアの国旗の画像イラストや意味、特徴、由来、誕生年

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エストニアの国旗や由来意味、特徴、国旗の成り立ち・豆知識、エストニア国旗イラスト素材などを解説いたします。

エストニアの国旗

国名の正式名称

エストニア共和国

エストニアを表す漢字一文字

誕生年

1918年、1991年(再独立)

国旗の色の意味

「淡い青」は”エストニアの空・川・湖・海”、あるいは、”エストニアの国民”、あるいは、”希望・友情・団結”、あるいは、”自由”を、「黒」は”故郷の大地”、と同時に、”暗黒時代の悲しみを忘れまいとする決意”を、 「白」は”氷と雪”、あるいは、”人々の幸福の追求”、あるいは、”白夜(はくや、びゃくや)”、あるいは、”未来”を、表しております。 “白夜”とは北半球では夏至に近い一定期間中、陽のしずまない夜のことを表します。 極に近い地域で起こる現象です。 ちなみに、北半球では冬至に近い一定期間中、陽の上らない昼のことを”極夜”といいます。 これも極付近ならではの光景です。

国旗の特徴

横に淡い青・黒・白の均等3色旗。 エストニア語では「sinimustvalge(青黒白旗)」と呼ばれます。 縦横比は独自比率が「7:11」国連比率が「2:3」です。

エストニアの地図

国旗の色(色番号)

#047cc0 #b4b4b6 #babcbc #dddede

エストニア国旗の意味や由来

エストニア国旗の意味や由来をまとめました。

エストニア国旗の由来

1881年エストニアにあるタルトゥ大学の学生会「Vironia」が中世にさかのぼる古い歴史を持つ旗を参考に発案いたしました。1918~1940年の共和国第一次独立の時、国旗として使用されておりました。そして、再独立の動きが活発になった1988年この国旗デザインは復活しております。

国旗にまつわる面白エピソード・風習

2001年に「スカンディナビア・クロス」のデザインに変更する提案がなされましたが、現在、独立時の国旗のまま推移しております。タルトゥ大学で発案された旗は当時ロシアによって使用禁止とされましたが、最初に作られたものが土の中に埋められるなどして、ソ連時代も守り継がれ、今は国立博物館に保存されています。

「面白い」エピソードでは決してございませんが、「心にとめたい」エピソードとして紹介させていただきます。ソ連統治時代、今のエストニアの国旗3色のとりあわせは禁止されておりました。たとえば、黒いマフラーに、白い上着に、青いズボンでも取りしまられてしまいます。時には死刑にされる人もいたほどです。

誕生した背景

紀元前3000年ごろ、エストニア人などのフィン・ウゴル語派に分類される民族がヴォルガ川中流域から移住してきたと考えられております。この地は古代ヨーロッパ中心地、ギリシャやローマから離れており、外部からの影響はあまりなかったと考えられております。しかし、中世に入るとドイツ人の入植がはじまり、エストニア人たちは彼らを領主として仰がなければならないようになってゆきます。

デンマーク、スウェーデン、ロシアなどの統治を経て、やがてエストニアでも民族意識が醸成。ロシア革命に乗じ、1918年にはエストニア共和国として独立を宣言。しかし、第二次世界大戦が起こると、領土的野心を持っていたスターリンのソ連によりほかのバルト二国ともども併合。住民の多くがソ連当局によって逮捕されたり、シベリア送りにされ、替わりに他民族の入植が大々的になされるなど、苛酷な時代をむかえます。1988年にはゴルバチョフ書記長のペレストロイカによってソ連国内に自由化への気風が流れ、エストニアでも独立を目指して「エストニア人民戦線」が設立されます。

1989年にはバルト三国の首都を結ぶ「人間の鎖運動」に100万人が参加し、その機運は一層高まります。1990年にはバルト三国の首脳が会談を行い、「独立回復宣言」を行います。ソ連のゴルバチョフはそれに無効を唱えますが、翌91年にはソ連でクーデターが起こり、バルト三国の独立を認めざるをえなくなりました。

国の特色・人種構成

バルト海に面したバルト三国で一番北に位置する国です。面積は九州の1.23倍。地形は平坦で最高の標高でも318mです。報道の自由度ランキングの上位国。かつてのソ連統治時代を思うと、そういったものへの強い思いというものがどこか伝わってくる思いです。最近は国を挙げたIT先進国として有名。「eストニア」とまでいわれております。投票も、納税も、国民IDがあればOK!あのSkypeの生まれた国でもあります。そもそもエストニアはその長い歴史において、隣の圧倒的大国ロシアの脅威にさらされ続けてきました。

つまり、万が一ふたたび占領されることがあっても、ネットワーク上のソフトウェアに政府が存在し、そこに国民IDがあれば、国を存続できる、ということです。あまりに苛烈な国際環境、しかし、そういった環境からこそ芽生えてきたエストニアならではの国家存立アイデンティティですね。この国は2004年にNATO、EUに加盟し、2008年にはNATOのサイバーテロ防衛機関の本部所在国となっております。エストニア人口における民族割合は、エストニア人が約7割。ロシア人が約25%。ウクライナ人、ベラルーシ人、フィンランド人、などとなっております。

エストニアの国旗

エストニア国旗のイラスト(フリー・商用利用可能)

エストニアのフリー素材1
エストニアのフリー素材2

エストニア国旗の画像(フリー・商用利用可能)

エストニアのフリー素材3

Group of Eight

示・英都(G8)

世界を先導する八剣士。世界経済の安定を目指すために作られた先進国の侍集団。世界を導く光玉を持つ。実質ロシアが抜けており現在は7剣士となっている。

Scandinavian of GreatThree

須冠地奈毘阿・三将(スカンジナビア三将)

スカンジナビア半島の三将軍。スカンジナビアクロスを掲げ北欧を守護する

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亜細亜の龍虎

日本とともにアジアの均衡を保つ龍と虎

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世界各国の国旗侍

世界に点在する様々な国旗侍たち。国を愛す。