南アフリカの国旗の画像イラストや意味、特徴、由来、誕生年

世界国旗侍ワールドフラッグスロゴ

南アフリカの国旗や由来意味、特徴、国旗の成り立ち・豆知識、南アフリカ国旗イラスト素材などを解説いたします。

南アフリカの国旗

国名の正式名称

南アフリカ共和国

南アフリカを表す漢字一文字

誕生年

1961年

国旗の色の意味

国旗の色に関しては二つの説があります。赤は過去の対立で流された血、青は空と周囲の海、緑は農場と自然、黄は金などの鉱産資源、黒は黒人、白は白人を表すという説と黒・黄・緑はアフリカ民族会議の旗に、赤・青・白は旧宗主国のイギリスやオランダ国旗にそれぞれ由来するという説です。

国旗の特徴

縦横比は2:3です。赤・青・黒・黄・緑・白の6色からなる色鮮やかな国旗です。マンデラ大統領が提唱した「レインボーネーション」にちなんで、レインボーフラッグと呼ばれるときもあります。

南アフリカの地図

国旗の色(色番号)

#ec2d1f #050604 #cedad7 #fab52b

南アフリカ国旗の意味や由来

南アフリカ国旗の意味や由来、フリーイラスト、画像をまとめました。

南アフリカ国旗の由来

南アフリカ国旗はイギリス植民地時代のユニオンジャックを含めると3枚です。
イギリスから事実上独立した1910年に定められた国旗は黄・白・青の横三色旗の中央にユニオンジャック・旧オレンジ共和国旗・旧トランスヴァール共和国旗が描かれたものです。
このデザインが意味するところは植民地をつくりだしたボーア人とその後の支配者であるイギリス人を南アフリカのルーツとすることでした。

1994年のマンデラ大統領就任に際しては黒人と白人の融和を掲げ国旗を変更しました。

国旗にまつわるエピソード・風習

マンデラが大統領に就任したころ、南アフリカの政情は混沌としたものでした。
黒人大統領の誕生に沸き立つ黒人たちと報復を恐れる白人たちの間にいつ何が起こっても不思議ではない緊張感がみなぎっていました。
マンデラはこの状況を打開するためスポーツに頼ることにしました。

1995年、ラグビーのワールドカップが南アフリカで開催されました。
新国旗となってから初といってもよい国際大会です。
ラグビーは白人富裕層のスポーツとみなされ黒人たちに不評でしたがマンデラはあえてチームの存続と団結を訴えます。
この様子は映画“インビクタス~負けざる者たち“に詳しいので興味のある方は一度ご覧になってはいかがでしょうか。

誕生した背景

アフリカの中でも比較的温暖で農耕に適した地域であった南アフリカにはサン人やコイコイ人らが居住していました。
その後、カメルーンなどの赤道付近からバントゥー系諸民族が南下し定着しました。
17世紀中ごろ、オランダ東インド会社はアフリカ最南端の喜望峰付近を根拠地としてケープ植民地を成立させました。
彼らオランダ系の白人のことをボーア人(ブール人)と呼びます。
19世紀になると世界各地に植民地を拡大していたイギリスが南アフリカにも進出します。
ナポレオン戦争後、ケープ植民地はイギリス領となりました。

イギリス統治になじめなかったボーア人たちは1830年代から40年代にかけて、北東部の奥地に進出しました。
ボーア人たちは先住アフリカ人たちと戦いつつ内陸部に3つの共和国を成立させました。
ナタール共和国、トランスヴァール共和国、オレンジ自由国です。
ナタール共和国は早期に崩壊しイギリス領に組み込まれます。
一方、黒人勢力ではズールー王国がシャカ王を中心にまとまりつつありました。

ナタールを併合したイギリスは余勢をかってズールー併合をもくろみます。
いわゆるズールー戦争です。
戦争ではイギリス軍がズールー軍に敗北する局面もありましたが、最終的にはイギリスが勝利しズールー王国はイギリス領に組み込まれました。
周囲を着々とイギリス勢力に囲まれたボーア人の両共和国とイギリスの緊張関係は続きました。
19世紀後半、同地域で金やダイヤモンドなどが発見されるとイギリスは両共和国の併合をもくろみます。
ここにボーア戦争がはじまりました。
1899年から1900年にかけて行われたこの戦争でイギリスは両地域を併合しました。

1910年、イギリス帝国内の自治領として南アフリカ連邦が成立します。
新たな支配者となったイギリス系白人とかつての支配者であるオランダ系白人が黒人の上に立つことで成立した国でした。
第二次世界大戦後、南アフリカ政府はアパルトヘイト政策(人種隔離政策)を本格的に推進します。
国際連合の抗議や諸外国からの批判にもかかわらず南アフリカはアパルトヘイトを続行しました。

1961年、イギリスがアパルトヘイトを批判したことからイギリス連邦を脱退します。
1980年、隣国ローデシアにおいて内紛が起き、白人政権が崩壊します。
その結果、黒人国歌であるジンバブエが成立しました。

国内でも反体制派の動きが活発化し、諸外国の経済制裁による影響が目に見えて出てきました。
国内外の情勢変化により、政府はアパルトヘイトの続行を断念します。
1994年に行われた全人種参加による総選挙で、ネルソン・マンデラ率いるアフリカ民族会議が勝利します。
アパルトヘイト廃止に伴って経済制裁は解除されイギリス連邦と国際連合への復帰を果たしました。

国の特色・人種構成

面積は122万平方キロメートル(日本の3.2倍)、人口は5590万人です。
おもな民族はバントゥー系黒人が79%、白人が10%です。

英語やボーア人たちの言葉であったアフリカーンス語、バントゥー語など11の言語が公用語とされます。
宗教面では人口のおよそ80%がキリスト教徒とされます。
豊かな農地に恵まれアフリカ最大のトウモロコシ生産国であり、果樹栽培・牧畜なども行われています。
金・ダイヤモンドをはじめとした豊富な鉱産資源にも恵まれ、レアメタルの産出も多いですが石油は産出しません。
高い失業率と悪化した治安が大きな社会問題となっているので渡航の際は十分な準備と要人が必要な国です。

南アフリカの国旗

南アフリカ国旗のイラスト(フリー・商用利用可能)

南アフリカのフリー素材
南アフリカのフリー素材2

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