アルバニアの国旗の画像イラストや意味、特徴、由来、誕生年

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アルバニアの国旗や由来意味、特徴、国旗の成り立ち・豆知識、アルバニア国旗イラスト素材などを解説いたします。

アルバニアの国旗

国名の正式名称

アルバニア共和国

アルバニアを表す漢字一文字

誕生年

1946年

国旗の色の意味

赤色はオスマントルコ時代の名残であり、双頭の鷲が左右を向いているのは東洋と西洋を表しています。

国旗の特徴

アルバニアの国旗は、中央に双頭の黒鷲を描いた赤旗です。このデザインは現在の国章にも使用されているだけでなく、15世紀から黒鷲は、アルバニアの国旗には欠かせないものとなっています。 1番初めにこの国旗のデザインが確立されたのは15世紀の事で、当時オスマン帝国領内の時です。中世アルバニア君主であるスカンデベルクはオスマン帝国の支配に抵抗し、一時的に独立を勝ち取ることに成功しました。 その時に使用した旗が、スカンデベルクの紋章であった双頭の黒鷲です。このことからアルバニアの英雄にちなんで15世紀以降は何度かデザイン変更はあったものの独立の象徴として、双頭の黒鷲のデザインを使用しています。 なお、現在のデザインの旗は1992年に正式に制定されましたが、元セルビア領でアルバニア系住民の多いコソボでも独立前はこの国旗をコソボの旗として掲げていました。独立以降は国旗に準じる民間旗として扱われています。 コソボでは、現在でも主にアルバニア人がこの旗を掲げています。

アルバニアの地図

国旗の色(色番号)

#c30c1c #040404 #cc0c24 #49040d

アルバニア国旗の意味や由来

アルバニア国旗の意味や由来をまとめました。

アルバニア国旗の由来

アルバニアは、紀元前は東ローマに所属しその後はオスマン帝国、イタリア、ドイツ、ソ連の占領や国土解放を乗り越えて独立を果たした国です。その影響もあり、王政から社会主義を経て現在の共和制に落ち着きました。

そのためか現在の国旗のデザインに確定したのは1992年と比較的遅めですが、その間に何度か国旗のデザインは変更されています。しかし、そのすべてに双頭の黒鷲が描かれています。

この黒鷲はアルバニアの英雄と言われているスカンデベルクの紋章が由来です。このスカンデベルクは、15世紀にオスマン帝国からアルバニアを独立に導いたことで、アルバニアは初の独立を果しました。

しかし、アルバニアの独立は長くは続かず1468年にスカンデベルクが亡くなると勢いは失速し、12年間独立をしましたが、再度オスマン帝国に併合されました。

その後1912年に第1次バルカン戦争の後に独立を宣言しました。この独立は列強諸国から認められたものの戦後の国教策定で、同時期に独立をしたコソボにアルバニアが以前から国土にしていた土地の半分以上を削られる結果となりました。

1914年に独立した際にドイツからヴィート公爵が即位しアルバニア公国として独立を果たします。その時の国旗のデザインは、白い五角星と翼を広げ足に雷電をつかむ双頭の鷲を描いた暗赤色旗でした。

1928年にはゾグー1世が即位したことにより、アルバニア王国が建国されました。その際のデザインは、オスマン帝国を破ったスカンデベルクが被っていたヘルメットに双頭の黒鷲が描かれています。

1946年は第2次大戦が終結しソ連の影響もあり社会主義体制に移行しました。そのためか国旗のデザインも赤旗と双頭の鷲は変わらずですが、社会主義を表す黄色い輪郭の五角星を頭上に付けた双頭の黒鷲に変更されています。

その後1992年に選挙により戦後初の非共産政権が誕生したことにより、共和制に移行。アルバニア共和国が設立されました。それに伴い旗も変更され黄色の五角星を旗のデザインから取り下げ、現在の国旗になりました。

国旗にまつわる面白エピソード・風習

アルバニアが現在の国旗のデザインの原型は1912年のアルバニア公国時代ですが、その直後に第1次世界大戦が勃発しました。この影響はアルバニアにも飛び火し、当時即位したドイツのヴィート公爵は亡命し、そのままアルバニアに戻りませんでした。

そのため、アルバニアには10数年間国を統治する人間がおらず、無政府状態でした。その中で、1920年に君主なしで政府を再建しましたが、国の状況は好転しないため、1925年に一時的に共和制国宣言をし、アフメド・ゾグーが大統領に就任しました。

ゾグー大統領は、共和国成立から3年後の1928年に王位についてゾグー1世を名乗り、アルバニアは再び共和制から君主制のアルバニア王国になったのです。

アルバニアは日本語表記で、アルバニア語ではシュチパリアといいこれは「鷲の国」を意味しており、アルバニア人が鷲の子孫であるという伝説に由来します。スカンデベルクの紋章が鷲であったのもこの故事が由来です。

誕生した背景

アルバニア共和国、通称アルバニアは、東ヨーロッパのバルカン半島南西部に位置する共和制国家です。首都はティラナ。西はアドリア海に面し、北にはモンテネグロ、東にはマケドニア共和国とコソボ、南にはギリシャと国境を接しています。

アルバニアは、紀元前2世紀頃からローマ帝国の支配下になり、東ローマに帰属していました。しばらくは、ローマ帝国が安泰だったため大きな問題はありませんでしたが、14世紀になりローマ帝国の衰退がはじまりました。

ローマ帝国が衰退を始めるとヨーロッパにはオスマン帝国が攻め込んできました。その結果オスマンはヨーロッパの大部分を獲得し、アルバニアもその時にオスマン帝国に併合されました。

オスマン帝国との第1時バルカン戦争では、一時的に独立を勝ち取りますが、国土の大半を失った上に第1次世界大戦の影響もありしばらく無政府状態に陥りました。その後は、第2次世界大戦でイタリア、ドイツに占領されます。

しかし、1944年ソ連に全土解放され社会主義化し、1946年に独立を宣言し、1991年にアルバニア共和国に名前を変更しました。

国の特色・人種構成

アルバニアは、オスマン帝国に支配されていた影響もありヨーロッパ圏唯一のイスラム教国家です。しかし、完全なイスラム教国ではなく国民の7割がイスラム教・2割が東方正教会・1割がカトリック系と言われており、他のイスラム教国とは大きく異なります。

それもアルバニアの歴史が示しており、イタリアから独立した後しばらくは、共産主義化した影響もありソ連との関係に力を入れていたのですが、中国で文化大革命が起るとそちらに傾倒し、ソ連とは離反どころか仮想敵国化してしまいます。

さらには、周りの国家との関係を一切断ち切り完全に鎖国化しました。文革の影響でこの時世界で初めて「無神国家」を宣言しました。この影響が今でも残っており、宗教観に関しては他国よりも緩めで、クリスマスもイースターもラマダンも存在し国民の大半が一行事として祝っています。

アルバニアの国旗

アルバニア国旗のイラスト(フリー・商用利用可能)

アルバニアのフリー素材1
アルバニアのフリー素材2

アルバニア国旗の画像(フリー・商用利用可能)

アルバニアのフリー素材3

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