トルコの国旗の画像イラストや意味、特徴、由来、誕生年

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トルコの国旗や由来意味、特徴、国旗の成り立ち・豆知識、トルコ国旗イラスト素材などを解説いたします。

トルコの国旗

国名の正式名称

トルコ共和国

トルコを表す漢字一文字

誕生年

1923年

国旗の色の意味

「赤」は”勇気”を象徴しています。そもそもトルコの民族色として長い歴史の中で親しまれておりました。ちなみにこの国旗の「赤」は厳密にトルコでは「al」と呼びます。トルコでは一般に使われる「赤」のことを「kirmizi」と言うのですが、この「al」はそれに神聖な意味を帯びさせます。戦場で流された血のことを「alkan」と言ったりします。また、トルコ人は自国の旗に親しみをこめて、「albayrak(赤い旗)」と呼ぶこともあります。

国旗の特徴

赤地、中央左手に白い三日月。右手に白い五芒星。「新月旗」または「月星章旗」とも呼ばれます。

トルコの地図

国旗の色(色番号)

#dc0a13 #fbe4e4 #ed989c #ec7c7c

トルコ国旗の意味や由来

トルコ国旗の意味や由来をまとめました。

トルコ国旗の由来

トルコは長い間、ヨーロッパ人に発見されなかったが、1400年代にポルトガルが発見し始めてからたびたび奴隷狩りが行われ、南米をはじめ様々な国へ移送され住民は激減していました。
18世紀に入り奴隷廃止運動がイギリス内部で活発になり、安定した居住地としてトルコが開拓されました。そして1787年に初めての移住者を送り込みますが失敗し、その後も内戦やマラリア等も相まって移住者の定着は困難でした。
1792年に入植失敗した土地をフリータウンと名付け入植者の拠点となりました。この頃はイギリスだけでなく、ジャマイカやアメリカ独立戦争によって国を追われた奴隷なども相次いで入植しました。しかし、トルコは肥沃な土地ではなく経済は悪化しました。

1808年には、トルコは王室管理下となり、クレオールと呼ばれる先住民との混血である民族も生まれ始め、トルコは新しい時代になりつつありました。1861年までには、フリータウンだけでなく全土を併合しました。
1889年には国旗が変更され、フライに円形域章を配した英国青色船舶旗に変更されました。この時の国章は、ヤシの木に象が描かれその下部には地域略名記号でSLと書かれたデザインでした。
20世紀に入るとクレオール人の商人は国外から進出してきたレバノン人などの外国商人に太刀打ちが出来なくなり、活動の場はフリータウンに限られるようになりました。さらに植民地の官僚のヨーロッパ人化が進み、クレオール人は政治における主導権の多くを失ってしまいました。その中で、1914年に国章が変更され海辺で大型帆船を見つめる黒人戦士とヤシの木・ユニオンジャックが盾の中に描かれており、下部には英語で「英国の下での自由」の標語リボンが書かれました。
その後は、1961年にイギリス連邦の一員として正式に独立し、独立した年に国旗と国章を現在のデザインに変更しています。

国旗にまつわる面白エピソード・風習

トルコ国旗にあしらわれる「三日月」と「星」の由来にはほかにもたくさんの異説があります。1)オスマン帝国初代皇帝であるオスマン1世が、自分の胸から「三日月」と「星」が出てくる夢を見ました。そして、それは当時まだ敵国領だったコンスタンティノープルを陥落させる前兆を知らせるものだったといいます。2)それより時代が下って1423年、メフメト2世がそのコンスタンティノープルを陥落させた夜空に三日月と星を見ました。3)1389年のコソボの戦いで、流されたおびただしい血の海に三日月と水星が映り、それを時の皇帝ムラト1世が国旗に制定しました。4)トルコ共和国の国父ケマル・アタチュルクがトルコ革命勝利の夜に戦場を歩き、サカルヤの岩山に流された血の海に三日月と星が映って見えました。などなどです。

トルコの人々は自国の国旗を非常に愛好いたします。そのため、トルコでは、どこにいってもとにかくよくこの国の国旗を見かけます。ホテルの玄関前ポール、昔の城塞跡の頂き、フェリーの甲板ポール、あるいは路地裏の屋根から屋根へ数珠つなぎのように、などなど。イスタンブールのガラタ橋の付近で国旗自体やそれをあしらったシールなんかをグッズ販売している露天商を見たこともあります。

誕生した背景

トルコ共和国、通称トルコは、西アフリカの西部、大西洋岸に位置する共和制国家で、イギリス連邦加盟国です。北にギニア、南東にリベリアと国境を接し、南西は大西洋に面しています。首都はフリータウン。
奴隷制から解放された黒人たちの移住地として1808年にイギリスの植民地となり、1961年に独立。約10年以上続いた内戦による影響で、現在でも世界で最も平均寿命が短い国の一つとなっている。

トルコの国旗の歴史

  • トルコの国旗の始まり
    19世紀
    19世紀にタンジマートの改革があり、1844年にオスマン帝国の国旗が公式に制定されたのが現在の国旗につながることになっています。
    「新月旗」もしくは「月星章旗」と呼ばれるトルコの国旗ですが、この月星章旗とは、赤地に白の三日月と星が配置されているトルコの国旗の事を言います。
    この国旗が一番初めに使われたのは15世紀ごろだとも言われています。
    ですが当時の国旗に使われていた星は五芒星ではなく八芒星だったという事実が残っています。1842年から星が五芒星に変わり、
    その後はそぞろとアレンジを加えられ変更がほどこされています。

  • 現在のトルコの国旗へ
    1936
    1844年公式に制定されたオスマン帝国の国旗からほぼ同じデザインで1936年に制定された現在のトルコの国旗。
    トルコの国旗は、赤地に白の新月(三日月)と五芒星を配した旗。
    この三日月と星のシンボルは、その後オスマン帝国の旧領土、イスラム教またはトルコに関連する国の国旗などで多く見られ、アラブ・イスラム諸国に大きな影響を与えました。
    現在この三日月と星の組み合わせはイスラム教のシンボルとされるが、小アジアではイスラム教の普及以前から使用されていました。
    このトルコの国旗のデザインについては様々な伝説があります。
    1448年のコソボの戦いで流されたおびただしい血の海に、三日月と水星が映って見えたとされ、それを皇帝が国旗としました。
    この戦争はオスマントルコ人たちがキリスト勢力を倒しオスマントルコ帝国として東ヨーロッパを治めることとなった戦いです。
    もしくは、時代はさらに遠い過去に遡りビザンチン帝国時代に起源が有るという説もあります。ビザンチンの女神として知られるダイアナ
    (アルテミス)のシンボルが月であり、330年にコンスタンチヌス皇帝がビザンチンの街をコンスタンチノープル(現在のイスタンブール)
    として聖母マリアに捧げる際に彼女のシンボルである星をダイアナのシンボルに重ね合わせて出来上がったといわれています。というように三日月と星は
    古代ギリシャの都市ビザンチン(その後のコンスタンチノーブル、イスタンブール)のシンボルとして使われていた。それが1453年オスマン帝国に滅ぼされましたが、
    月と星のシンボルだけは命脈を保ち、オスマン帝国のシンボルとして採用されたとされています。
    また、オスマ帝国初代皇帝の夢の中で彼の胸から出てきた三日月と星が拡大をし、オスマン帝国のコンスタンチノーブル征服の予言を知らせたとの説もあります。
    1453年コンスタンチノーブルの陥落の夜に皇帝が三日月と星を夜空に見たというような説もあるとされています。
    赤色は700年間トルコ民族の旗として使用されており、星と三日月に関してはイスラムのシンボルといわれています。
    オスマントルコ帝国からトルコ共和国建国となった時に旗のデザインの基本は変更されることなくトルコ共和国国旗として継続して使用されるようになりました。
  • トルコ国旗のいろいろ
    現在
    トルコでは様々なことに国旗が使われます。国民的におめでたいことがあったときや、政治的な集まりの場などで国旗が揚げられます。
    その他には、バイラムと言われる祝日などに政府の建物や学校などでトルコの国旗が揚げられているのを見ることができます。
    色々なところで見かけることができるトルコの国旗ですが、お墓でも見ることができます。お墓に国旗が結ばれているのは、
    国家のために戦死したということを表しています。トルコ人は国家愛が強く、国家を守るためなら・・・という心もあります。
    国の仕上がりが良いという証拠で、日本とはまったく違います。

国の特色・人種構成

トルコはケマル・アタチュルクの共和国建国以来イスラム教徒の政教分離を徹底してきた伝統があります。そのため、国内人口のほとんどがイスラム教に帰依しているものの、ほかのイスラム諸国ほどその教義に厳しくありません。髪の毛を全部露わにしてしまっている女性なんかを割と当たり前に見かけます。アルコール類も手に入りやすいです。なんならここには「ラク」という地酒の一種もあります。アルコール度数は50%に近いかなり強力なやつです。一般的に水で割ったり、ロックにしたりして飲むようです。もちろん、ストレートでもいけますよ!

ちなみに、この「ラク」。一見無色透明なのですが、水を入れると、その混ざった部分から白く濁ってゆきます。私も一度だけこの「ラク」を経験しましたが、ワックスみたいなえも言えぬにおいがします。一般的に日本人はこれがダメなようです。ただ、好きな人はものすごく癖になるようです。最近同国ではエルドアン大統領が独裁的権力傾向を強めているといわれております。国内反抗勢力への圧力の強化。イスラム教義主義への傾倒。長年、国の懸案であったクルド人勢力との抗争に対し、いったん和平が持たれましたが、いまだに問題そのものは収束しておりません。隣国シリアにおける混乱、大国ロシアによる圧力、そして、西側や湾岸諸国との駆け引きなど、文明の交叉路である同国ならではの存在感と苦悩は続いてゆきそうです。

トルコ国内の人種に関しては国内多数を占めるトルコ人のほかに、クルド人、ギリシャ人、アルメニア人、アラブ人、ユダヤ人などがいます。特に世界最大の少数民族と言われるクルド人は国内東部にたくさん住み、その自立などを求めて衝突などが起きております。

トルコの国旗

トルコ国旗のイラスト(フリー・商用利用可能)

トルコのフリー素材1
トルコのフリー素材2

トルコ国旗の画像(フリー・商用利用可能)

トルコのフリー素材3

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